『勝負色、それは赤』
 
 女の子が「これ、可愛い」と言う時、可愛さの度合いが微妙だったりする。
 特に僕がそう感じるのは、片桐さんとゆるキャラの話をする時だ。素直に
同意できる時もあれば、コメントのしようもないものもある。

「おはよう」
片桐さんに声を掛けると、いつもの可愛い笑顔で小首を傾げるようにして
「おはよう」と返してくれた。ほんわかした感じが可愛いらしくてつい、
ニヤケてしまった。

 そんな僕の視線に飛び込んできたのは、幸せを砕くような悪魔の代物。
 机に座っていると丁度、目の高さにくる位置に、そいつはいる。
ケッタイ
なキャラクターのミニぬいぐるみをスクールバッグにつけているのはよく見
かけるけど、今回のは極めつけだ。

 見て、もしくは気づいてと言わんばかりに片桐さんが机に鞄を置くが、実に
そのぬいぐるみの表情が可愛くない。

 下膨れのおむすび顔に、つり上がり気味の細い目。眉はなくて散切り頭の上
には、なにやら鬼のような角が一本生えている。口は目よりも大きく、ニヤリ
と笑っている。そこに見える歯並びはよいが……口裂け女みたいで怖い。

 でもって一番、目を引くのは口を縁どる赤。白い肌に化粧で口紅を均等に引
くと、あんな感じになるだろうという口元の赤さが、とにかく際立つ。

 ゆるキャラ好きの片桐さんの事だ。きっと好きな理由があるに違いないが、
やはり怖い。際物好きなのか、それとも僕が女の子の心理や価値観を理解でき
ていないのか……彼女のセンスはいまいち把握できない。

 僕の側の机のフックに鞄を掛けているものだから、授業中に黒板を写す時、
ノートへと視線を転じる際、絶対に視界に入ってくる。

 お昼の時も、教室を移動する時も、トイレに立つ時も、高橋たちの席に向かう
時も、必ず目が合う。見ないようにしているにも関わらず、そいつは僕に熱い
視線を投げかけてくるのだ。

 見つめないでくれ……夢に出てきそうだから。
 片桐さんが見つめてくれてるとでもいうなら、嬉しいさ。だけど、こいつは嫌
だ。勘弁して欲しい。

 マジ怖い……リングの貞子だって、もっとパッチリした目してんだろ?
 でも、あれはあれで怖い。なんたって、睫が一本もないもんな。っていうか、
貞子はどうでもいいんだ。呪われそうな笑みがやっぱり怖い。


 放課後。
 ついに、そいつと真正面から向き合わなくてはならなくなった。
「ねぇ、岡本君。これどう思う?」
 片桐さんが帰宅する際、コメントを求めてきた。
 ―――どう表現すべきだろう?
変なことをコメントして、気分を害したくない。僕は心に冷や汗と脂汗をかいた。
 あれこれと考えをめぐらした結果、出せたコメントは次の通り。
「あはは、面白い……ね」
 気の利いたものではないこの一言を告げるのに、ドッと疲れが押し寄せる。でも、
ここで気を抜いてはいけないのだ。なぜなら、感想への片桐さんの反応が気になる
からね。

「うん。面白いというより、すごく可愛いでしょ?」
 片桐さんはにこやかな笑みを浮かべて同意を求めてきた。
「あっ、うん。そう……だね?」
 ―――同意してみせてるのに……なぜ、疑問系?
 自分突っ込みしてみても面白くもなんともないが、好きな女の子の関心を引くため
に、涙ぐましい努力が必要とされるものだったりするから、男性は大変だ。

 目の前の片桐さんは同意と取ったらしく、嬉しそうな顔をして人形を撫でたりして
いる。

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